茶色く濁った水の中。
流れはゆっくりだが、滝の下という場所がら水の動きは絶えない。
大小の魚が忙しく泳ぎまわり、あちらこちらで口を動かす。
一際大きな魚だけが、ゆっくりと水の底を回遊している。
私は種の記憶を司る個体。
種の記憶を司る個体は稀に生まれるので、その種の中で唯一無二の存在というわけではない。
だが、ここ数百年で個体の数が大きく減少した。
今は私のみかもしれない。
私は種の中でも稀な存在。
我々の種の寿命は15年20年程度だが、私は百年ほどは生きている。
記憶を司る存在としての自覚のせいかどうかはわからない。
私は長い間ここにいる。
あまりにも長い。
だが、絶えるわけにはいかない。
少し昔話に付き合っていただいてもいいだろうか。
我々の種は、古く1億年ほど前から存在する。
恐竜全盛期の頃だ。
あの頃は馬鹿でかい生き物がたくさんいたし、我々程度の大きさの生き物は全く珍しくなかった。
種の記憶を守る為、種の存続の為、様々な生き物が生まれ必至に生きた。
そして絶滅していった。
我々は魚の中でも一際硬く大きな鱗を持った。
ピラニア等鋭い牙を持ち、集団で襲い掛かってくる外敵に対して、この鱗はとても役に立った。
肺の呼吸も身につけた。
我々が住むこのあたりは、雨季と乾季の差が激しく乾季の時には、水位が大きく下がる。
その分水温は上昇し、水中の酸素がなくなり、酸欠になる。
水面に顔を出し呼吸をする。
肺呼吸はとても役に立った。
たくさんの固い突起のついた舌で、食物を押しつぶし、虫、魚、蛙等はもちろん、時折落ちてくる鼠や鳥まで食べ、食料に困ることはなかった。
6000万年前、恐竜を主とした様々な種の生物がいなくなった。
理由はわからない。
それでも、我々は生き延びた。
それからゆっくりとした時間が流れ、100万年ほど前だ。
人類が生まれた。
その小さな人間の数は瞬く間に増えた。
200年程前までは、その人間に対してもこの固い鱗、大きな体は役に立った。
だがその頃からだ。
人間たちが我々の鱗など役に立たないような鋭い棒を使い出したのは。
長い間その鱗に守られていた我々は危機管理能力などない。
どちらかといえばのんびりしている。
驚いた時に水上に飛び上がり人間の乗っている乗り物ごと潰してしまう事はあった。
だが、稀なことだ。
我々が一番人間に狙われるのは、呼吸をするために水面に顔を出したときだ。
酸欠から逃れる為に身につけた能力が裏目に出た。
我々の鱗は硬くざらざらしていて、人間達の生活に必要なものとして使用される。
我々の大きな体は、人間たちの食料として、祝いの場等で重宝された。
身を守るための鱗が、大きな体が狩猟の目的とされた。
この舌だって利用価値があるらしい。
更に、現在では魚に似せ、針の付いた道具を使い、我々が間違ってそれを口にしたとき、とても強い糸で引っ張り上げられる。
何でも食べることがまた裏目に出た。
糸で引っ張られたあとは針を取り、戻されることもあるが、そのまま絶命してしまう個体も少なくない。
そもそも身体は大きいが生命力が強いわけではないのだ。
我々の個体は急激に数を減らした。
なぜ私が唯一生きながらえているかというと、この種の中では珍しいその生域と食性にある。
魚を口にしないのだ。
プランクトンやせいぜい赤虫だ。
これであれば、その罠にかかることはない。
また、滝の下での生活であれば、酸素はうるおい、たとえ息継ぎに顔を出したとしても目立つことはない。
子供もない。
子育てはリスクを伴うからだ。
私はこうして唯一の記憶を司る個体として、ここに生きている。
そして、今は人間同士の約束により、我々の種は人間自体に保護されているようだ。
しかし、いつ不届きな者が現れるかわからない。
今日は疲れた。
どうも皆様おはようございます。
魚を食わないので、さすがに腹が減ってきた。
万太郎です。
濃いプランクトンがあるのであれを一口頂いてから眠るとしよう。
電話が鳴っている。
電子殲滅隊からだ。
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